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【愛と死を抱きしめて2017】6月4日稽古場日誌:猪狩恭博さん

今日はビックリ!!とても読み応えのある稽古場日誌をいただきました。

今回の稽古場日誌は、猪狩恭博さん。

昨年まで市内の高校で教鞭をとっていらっしゃいました。

さすが高校演劇の顧問、指導で長年いわきの演劇文化に携わってきた方。

「伝える」ことへの向き合い方は、誰よりも真摯で熱い!

WEBだけじゃもったいないくらいのメッセージです。

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稽古はいつも、ストレッチで身体を動かすところから始まる。僕にとっては一番の難行苦行だ。元々身体は硬かったが、60歳を超してさび付いた身体は、ますます思うように動いてくれない。腰も痛むし、肩も痛む。役者は身体が資本だというのに、なんたる体たらく。ここ20年ほどまともな運動をしてこなかったから無理もないけど、いささか情けない気持ちになる。自分の身体の現状ときちんと向き合い、少しでもできることを増やしていくしかない、などと自分を慰めている間にストレッチは終了。ヤレヤレ。

「今日から本を離してやってみよう。」演出家から指示が出る。いつもは和やかな稽古場に、ついにこの日が来たか、という緊張が走る(余人はともあれ、僕は戦慄した)?!。稽古が始まってから2ヶ月が経つのだから、当然台詞を覚えていなければならない時期ではある。しかし、これまで稽古の時にはお守りのように必ず本を抱えていたのに、今日からはそれを手放さなくてはならない。心に不安がよぎる、うまくいくだろうか。

今日は2場の最初から稽古を始めるとのこと。休憩時間に脚本を開いておさらいをしておく。この日に備えて台詞はほぼ頭に入れてある。大丈夫、何とかなるはず。稽古再開。すぐに自分の出番が来る。最初の台詞はうまく出た。これで大丈夫だろうと安心したのも束の間、その後の少し長い台詞でつまずいた。最初の1行は出たが、その後が続かない。しばしの、しかし主観的にはかなり長く感じられる沈黙。もう頭の中は真っ白・・・! プロンプに助けられてやっと続けることができた。冷や汗一斗。さび付いているのは身体だけではないようだ。頭も怪しい。覚えたつもりの台詞が、実際にやってみるとすんなり出てこない。かなり不安になったが、同じ場面をもう一度稽古した時にはプロンプの助けを借りずに台詞を最後まで言い通すことができた。少しホッとする。頭の錆はそれほどひどくはないらしい。

脚本を離したことによって、演出家の指示もより一層細かくなった。身体の動かし方、視線の動かし方。それに伴って芝居も立体的に立ち上がってくる。これまで今ひとつはっきりしなかった台詞が明確な意味を持ってくる。ちょっとした身体の動きでそれぞれの登場人物の内面が可視化されて行く。これはとてもスリリングだ。今は覚えた台詞を言い、演出家に指示されたように動くだけで精一杯だが、役者が自ら演じている人物を血肉化しなければ、本当の意味での稽古にはならないことを痛感させられる。いつまでも脚本に頼っていては、役柄を血肉化することはできない。脚本を離すことは、そこへ向かっての大事なステップだ。と、分かってはいても、やっぱり本を離すのは不安だけどね。歳を取ると失敗に対する耐性がなくなってくる。要するに若い時より一層失敗が怖くなる。だから余計に不安になるんだろうな。困ったものだ。

ぼくたちの稽古も、やっと新たなステージへ上がろうとしているようだ。ぼくも、他のメンバーの足を引っ張らないように、身体と頭の錆をできるだけ落とし、文字どおりブラシュアップしなくちゃ。そしてその先にあるであろう新しい世界を、自らの肉体を通して「太一」という人物を主体的に表現できる世界を早く創り上げたいものだ。それこそが役者の醍醐味というものだろう。それを皆さんに見ていただければと思う。乞うご期待!

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